「虹色のチョーク」小松成美→【本の感想】障がい者から学ぶ生き方

読みたいと思って本を買ったのい、読むタイミングを逃して本棚に置いたままになっていることってないだろうか?

ぼくは、この本を発売日近くに買って、本を開くことなく置いてあった。

あるツイートを見て、読みたくなった

 

「障がい者がはたらく」ことについて書かれた本という認識だったけど、「経営者として勉強になる本だった」というのが気になった。

 

本日の読書「虹色のチョーク」

 「虹色のチョーク」小松成美(著)

著者:小松成美さん

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真摯な取材、磨き抜かれた文章には定評があり、数多くの人物ルポルタージュ、スポーツノンフィクション、インタビュー、エッセイ・コラム、小説を執筆。

第一線で活躍するノンフィクション作家。(小松さんのHPより)

〔著書〕熱狂宣言それってキセキ GreeeeNの物語中田英寿 鼓動など

「虹色のチョーク」日本理化学工業株式会社

1937年設立。チョーク製造会社。日本のチョークのシェア50%を占める筆頭メーカー

1960年、現会長の大山泰弘が二人の知的障がい者を受け入れたことをきっかけに、障がい者雇用に取り組む。

現在、83名の社員のうち62名の知的障がい者を雇い、障がい者雇用割合は7割を超えている。

『日本でいちばん大切にしたい会社』(坂本光司著)の紹介で注目され、その後カンブリア宮殿でも放映される。

「教える」

人は仕事をすることで、人の役に立ちます。褒められて、必要とされるからこそ、生きている喜びを感じることができる。

家や施設で保護されているだけでは、こうした喜びを感じることはできません。職業を持って必要とされる喜びを知った彼らは、さらに懸命に働いてくれます。

そして、そんな彼らを毎日見つめてきた私こそ、彼らから、働く幸せ、人の役に立つ幸せを教えられたのです。彼らに導かれたこの感謝を、私が日本理化学工業を続けてきた原動力です。

社員は皆「障がい者のために何やってあげる」とか「面倒を見てあげる」という意識はありません。逆に誰もが、彼らから働くことの尊さ、喜びを教えてもらっています。

何事にも「一生懸命」に生きている人は、うつくしい。

 

また、それが働くことさえ希望を持てなかった人が、人の役にたち、自分の存在意義を感じることができ、さらに自分らしく生きるその過程や姿は、「生きる」ことに対して、ぼくたちが学ぶべきものがある。

社会の常識や自分がつくった限界の壁によって、ぼくたちも本来もっているはずの輝きを忘れていることを思い出させてくれる。

 

『虹色のチョーク』障がい者雇用の理想と現実

資本主義の世界にいるかぎり、必ずぶちあたる壁。

日本理化学工業株式会社も、経営危機に直面したときに、会社として「障がい者雇用の理想と現実」の壁にぶちあたった。

  • 「健常者を雇用し、事業計画を練り直したい」
  • 会社は慈善団体でないという意識をもっていたし、「企業ならこうあるべきだ」という理想もあった。会社の方針転換を強く迫っていた時期ありました。
  • 他の会社を評価の基準にして、「うちはこういうところが劣っている」とか、「21世紀の企業はこうあらねばならない」などと、数字上の理想ばかり追いかけていた

 現社長の大山隆久さんが、日本理化学工業に入社したときには、世間の常識と同じように流されかけた。

 

しかし、

大山社長は気づいた。

  • うちの会社は、働くことを諦めなければならなかった人たちにその機会を提供し、働くことが楽しく嬉しい、と真の喜びを知ってもらえる仕事を続けてきた。素直に、これ以上尊いことがあるのだろうか、と思えていったのです。
  • 1年もすると、心が整い、父が作った大河のような流れが、どれほど大切でありがたいものなのか、わかっていったのです。
大山社長は、社員旅行やいっしょに仕事をしながら、社員一人一人と接していく中で、どんなときにも一生懸命な姿に涙を流した。経営者と社員という立場だけでなく、同じ会社の仲間であると強く感じることができた。
 
 
「お金」のために経営しようと「頭」で動いていたこと。
 
それが、目的が「こころ」にかわって、「こころ」という目的のために、手段として「頭」をつかって経営するようになった。
 
目的が自分の奥底にあるものとつながったのでホンモノの強さとなりエネルギーとなり、大山社長は「現実」を乗り越えることができた。
 
 
 
心にゆとりがないときほど、大切なものが見えなくなってしまいがち。
自分をたいせつにして、自分のこころの目がどこに向いているのか常に意識したい。

『障がい者』に対して、ぼくが思うこと

障がい者って、ぼくは身近に障がい者の方がいないので、どこまでいっても、ぼくはわからない。

わからないけど、いつも想像する。

 

何をもって「障がい」なのか?

 

難しいことは、検索すればいろいろ出てくるけど、

社会が決めたモノサシをもって「障がい」と言われているように思う。

 

 

誤解を承知でいうけれど、

人はみな「ショウガイ」をもっている。

 

その中で、機能的に手や足が不自由だったりされる方が、社会から「身体ショウガイ者」と命名され、勝手に奇声がでてきてしまったり、気持ちの上げ下げが激しかったり、自分の気持ちをコントロールするのが苦手な人が、社会から「精神ショウガイ者」と命名されている。

 

それはあくまで、ある一面からみたときに、人より能力が低かったりするだけ。

もちろん、中には、生活していくのが困難な方もいらっしゃる。

 

ぼくは、自分の意思を曲げることができないショウガイ者だ。

普通だったら、「ハイ」っていうところも、ぼくは納得できない限り「ハイ」ってウソでも言えないので、ビジネス社会ではよくトラブルになる。ビジネス社会のビジネス「ごっこ」がぼくはキライ。

社会不適合者として、人より能力が劣っているので立派な『ショウガイ』者だ。

 

ぼくのまわりには、いろんな『ショウガイ』者がいる。

他人の価値観にふりまわされて生きている、自分に自信がないという『ショウガイ』

人の気持ちを考えることができない『ショウガイ』

パチンコの世界でしか自分をだせず、現実を真正面から見られないという『ショウガイ』

 

どんな人もあらゆるモノサシを当てはめたら、欠陥を見つけることはカンタンだ。

 

 

世の中に完璧な人はいない。

 

 

障がい者は、ある社会が決めたひとつのモノサシではかった時に、少なかったり、足りなかったりしているだけに過ぎない。

 

 

そのモノサシって、社会の中で支援してもらう為には必要なモノサシかもしれないけど、人間の価値をはかるモノサシではない。

 

 

まとめ「虹色のチョーク」感想

働くことをあきらめなければいけないと思われていた人たちを、職人レベルまで可能性を伸ばす環境をつくった日本理化学工業は、世間の常識をたくさん打ち破ってくれた。

 ぼくは、この「虹色のチョーク」を読んで、大きな希望を持てた。

 

ぼくの中で、限界の壁と思っていた壁をくずしてもらった。

 

虹色のチョークの障がい者の方は、本人自身は、もともと働くことをあきらめていたのではなく、あきらめていたのはそのご両親であって、本人はただ知らなかっただけ

 

彼らは、障がいのおかげかわからないけど、世の中の常識にこころが縛られることなく、他人の色メガネを意識することもなく、純粋に自分のこころの声にしたがって、自分らしく生きている

 

ぼくたちは、自分らしく生きることを忘れてしまっている。

 

純粋に自分のこころにしたがって、行動する彼らの姿が、ぼくたちにはキラキラまぶしくみえるのではないだろうか。

虹色のチョークの「キットパス」をさっそく注文してみた!

日本理化学工業の商品で有名なのが、

粉の飛散が少なくホタテの貝殻を原料にした「ダストレスチョーク」と、ガラスやホワイトボードなどつるつるとした素材に発色良く書くことができ、濡れた布で簡単に消すことができる筆記具「キットパス」

 

「キットパス」?

 

これは気になる!!

早速、ググってAmazonで購入!

水にとかすと絵の具ようの使えたり、もちろん画用紙にも使える。使い方は様々だ。

ぼくが気になったのはガラスにかけることだ。

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さっそく、お店の入り口のガラスに書いてみた。

 

キットパス

色鮮やかで、かくのが楽しい♪

濡れたティッシュとかでも、カンタンに消すことができるし、粉もでないのでいろいろ使えそう!!

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「虹色のチョーク」小松成美
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