熱い!【感想】「読書という荒野」見城徹→泥まみれになって生き抜く『本の読み方』を学ぶ!!

「読書という荒野」見城徹の本

いかに自分があまったるい読書をしているのかと気づかされた本だ。

 

本の読み方にこたえはない。

 

ただ、ぼくは見城徹の「本の読み方」に惹かれた。

 

本日の読書「読書という荒野」見城徹

「読書という荒野」見城徹(著)

「読書という荒野」著者:見城徹とは

「読書の荒野」見城徹の写真

(引用:cakes)

1950年生。1975年に角川出版に入社、1993年に幻冬舎創業。

五木寛之「大河の一滴」、石原慎太郎「弟」「老いてこそ人生」、郷ひろみ「ダディ」、唐沢寿明「ふたり」など、24年間で23冊ものミリオンセラーを送り出す。

 

自己検証、自己嫌悪、自己否定

人間と動物を分けるものは何か。それは「言葉を持っている」という点に尽きる。

見城さんは、ことばをたいせつにされている。

すべてはここからがスタート。 

 

「自己検証、自己嫌悪、自己否定の三つがなければ、人間は進歩しない」

自己検証とは、自分の思考や行動を客観的に見直し、修正すること。

自己嫌悪とは、自意識過剰さや自己顕示欲を恥じ、自分のずるさや狡量や、怠慢さに苛立つこと。

そして、自己否定とは、自己満足を排し、成長していない自分や、自分が拠って立つ場所を否定し、新たな自分を手に入れることだ。

まずは、自分と向き合う。

自分が「まだまだやれる」ということを認識し、「やれていない」ことに気づきイライラする。

そして、今の自分に満足することなく、自分を否定し、前に進むこと。

 

本を読むということ

本を読めば、自分の人生が生ぬるく感じるほど、苛酷な環境で戦う登場人物に出会える。そのなかで我が身を振り返り、きちんと自己検証、自己嫌悪、自己否定を繰り返すことができる。読書を通じ、情けない自分と向き合ってこそ、現実世界で戦う自己を確立できるのだ。

読書を通じ、本にかかれている人の生き方や考え方に触れて、今の自分を別の視点から見ることができる。

 

見城徹さんがオススメする古典

基本的に僕は、「この本を読め」と言うつもりはない。その時々で自然に手が伸びたものを読めばいいと考えている。

ただ、仮に本を選ぶアドバイスをするとしたら、人間や社会の本質が書かれている、古典といわれる文学や神話をおすすめしたい。

本をたいせつにしている人たちは、みんなそろって、「古典」をすすめる。

ぼくは、古典をほとんど読んでいない。

 

きっと古典を読んだときに、じぶんの新しい扉がひらけるのだと思う。

ぼくの人生のたのしみのひとつだ。

 

読書とは「自分がどう感じるか」

僕が考える読書とは、実生活では経験できない「別の世界」の経験をし、他者への想像力を磨くことだ。重要なのは、「何が書かれているか」ではなく、「自分がどう感じるか」なのである。

「何が書かれているか」は受け身の読書であり、「自分がどう感じるか」は主体的な読書。

ぼくも読書とは、あくまで自分の中にあるものを「本」によって、引き出す行為だと思っている。

 

本を読んで、本の内容に感動するというよりも、本の内容によって引き出される自分の感情にこころが動くのだ。

だから、どれだけ素晴らしい本であっても、読む人に度量がなければ薄っぺらい評価しかできない。

 

そのときの気持ちを言葉にして残しておけば、間違いなく自分の財産となる。

僕も「これは」という本は、直接ページに気持ちを書き込んでいる。だから、今でもページをめくると当時の心情が蘇ってくる。そして当時の自分の葛藤を思い出し、仕事のヒントを得ることもある。

 ぼくは、このブログとノートに読書の記録をつけている。

今はブログが多いけど、「これは」という本はノートに感想を書き写したり、好きな文章を転記したりする。

 

見城徹の内面を燃やす本(読書)

ホセ・トレスが書いた「カシアス・クレイ」

1972年に刊行された本で、「カシアス・クレイ」とは伝説のボクサー、モハメド・アリの最初の名前。

アリはボクサーとしての全盛期を過ぎ、1974年にヘビー級最強のチャンピオンと評されたジョージ・フォアマンとの世界タイトルマッチ。圧倒的にフォアマンが有利とされていた。

アリはほとんど打ち返さず、防戦一方の展開だったが、第8ラウンド残り16秒で反攻に出て、奇跡の逆転ノックアウト勝ちを収めた。「キンシャサの奇跡」と呼ばれた一戦

 

誰だって全盛期があれば衰退期も必ず訪れる。

しかし、ピークを過ぎたあとでも、過去の栄光に浸るのではなく、暗闇でジャンプする。圧倒的と努力と覚悟を持てば、どんな逆境からでも巻き返せる。そうしたありの生き方を予言した一冊。

YouTubeに動画があったので、見ると、

感動!あつくなった!

 

25:15からアリの反撃がはじまるので、その前から見ることをオススメ!

 

言葉とはその人の生き方だ

言葉とはその人の生き方だ。

言葉を持っている動物は人間しかいない。生き方から搾り出されてきたものが言葉であり、そして自分の発した言葉がまた自分の生き方をつくっていくのだ。

この本では、ひたすら「ことば」の重要性が語られている。

 

見城さんの熱量がすごいので、どのことばにも重みと深みがある。

 

「ことば」は、その人の今までの培ってきたモノでもあり、同時に自分の発する言葉は、誰よりも「自分自身」が一番の利き手でもあるので、「何を発するか」によって、未来も決まってくる。

 

ことばは、ヒトをつくる。

 

努力は、圧倒的になってはじめて意味がある。

 人が寝ているときに眠らないこと。人が休んでいるときに休まないこと。どこから始めていいかわからない、手がつけられないくらい膨大な仕事を一つひとつ片付けて全部やりきること。それが圧倒的努力だ。

努力は、圧倒的になってはじめて意味がある。

 今のこの時代に、「努力」ってことばがどんどん遠いモノになりつつある。

 

見城さんは「努力」ではない。「圧倒的努力」だ。

 

僕は常々言っているのだが、感想こそ人間関係の最初の一歩である。結局、相手と関係を切り結ぼうと思ったら、その人のやっている仕事に対して、感想を言わなければ駄目なのだ。しかも「よかったですよ」「面白かった」程度では感想とは言えない。

その感想が、仕事をしている本人も気づいていないことを気づかせたり、次の仕事の示唆となるような刺激を与えたりしなければいけない。

だからこそ、「言葉」は武器なのだ。豊富な読書体験を経なければ、武器となる言葉は獲得できない。人を動かすには、一にも二にも頭がちぎれるほど考えて、言葉を選択するしかないのだ。

「感想」といっても、ただの「感想」では許されない。

「頭がちぎれるほど考えて」、ここまでやらなければいけない。

 

当たり前のことを、圧倒的にキッチリやるってことが大事。

人間関係をつくりたいときに、ぼくもやってきたつもりだったが、「圧倒的に」にできていなかった。

 

 

三島由紀夫から学ぶ「生き様」

死について書かれた文章を読めば、死について深い思索ができる。なかでも自殺した人が書いた作品ほど、死について正面から向き合っているものはない。

ここで紹介されているのが、三島由紀夫である。

1970年11月25日に陸上自衛隊の市ヶ谷駐屯地に押し入り、クーデーターを促す演説をした後、割腹自殺を遂げた。

三島はおそらく、腹に短刀を突き立てるその瞬間、絶望し切っていたことだろう。しかし同時に、やることはやったという思いで満たされたはずだ。「絶望し切って死ぬ」という僕の理想を、彼は体現したのだ。

ぼくは、 恥ずかしながら、三島由紀夫は知っていたが、「変わった人だな」程度しか思っていなくて、深く考えたことがなかった。

 

「読書の荒野」に三島由紀夫の「三島由紀夫全集第34巻」より全文が引用されている。

この本で、一番引用されているのが三島由紀夫のこの文だ。

 

章のタイトルが「三島由紀夫・自らの観念に殉じて死ぬ生き方」である。

 

「死ぬ生き方」ということば自体が、究極。

賛否両論ある三島由紀夫について、見城さんの考えを言い切っているところに、見城さんの生き方を学ぶ。 

 

死の虚しさから逃れるため 

そもそも僕がなぜここまで仕事に没頭するかといえば、死の虚しさから逃れるためだ。

いつか来る死の恐怖を振り払いながら勉強し、仕事をしてきた。その想いは、40代、50代を過ぎ、60代も終わりに差し掛かっている今、存在感を増しつつある。

ぼくも常に「死」に対する恐怖なのか虚しさなのかがある。

まだ、ぼくには言語化できていない。

 

ただ、「死」に対して、無駄なあがきをしている。 

 

  • やはり死ぬのは怖い。だから、せめて救われるために、死の瞬間に「自分の人生はまんざらでなかった」と思って目を閉じたい。
  • 僕は最期の瞬間に自分で自分の人生に◯をあげれればそれでいい。
  • 僕が◯とだと思えば◯だ。人が決めることではない。

世間の評価や他人のモノサシではなく、自分で自分に◯ができる人生。

ぼくも、自分で自分の人生に◯をつけられる人生を送りたい。

書評のまとめ「読書という荒野」

若いまだ何もない時に本に出会えたなら、純粋に「読書」を楽しめたのかもしれない。

ぼくが読書に出会ったきっかけは、社会人になり無力な自分を感じ、「成功」したいっていうボヤっとしたものだった。

 

だから、読む本は、文学小説や古典ではなく、手っ取り早く仕事に活かせるビジネス書中心になってしまった。

 

 

まだ本質的な古典を手に取るには、ぼくのこころに余裕がない。

 

 

古典を読む準備ができたときに、真正面から古典と向き合えるように、今、目の前にあることを通じてこころを整えたいと思う。

 

 

 

「熱い」ことが苦手な人には、この本も苦手だろう。

この本は、「熱量」のかたまりだ。

モハメドアリにしても、三島由紀夫の例にとっても、極端だ。

 

それが見城徹。

 

 

 

時間を置いて、何度もこの本を手に取り、自分の読書に対する向き合い方を確認したい。

ぼくが40代、50代、60代になったときに、どんな読書をしているのかたのしみだ。

 

その年代ごとに、この「読書の荒野」を手に取れば、いまとはまた違う理解ができると思う。

それもたのしみだ。

 

ぼく
読書が好きな人にとっては、本との向き合い方が学べる本。

ぼくは、「読書の荒野」に出てきた本をとりあえず3冊注文した!

【読書という荒野・見城徹さん】をもっと知りたい方へ

見城さんが唯一やられているSNSが「755」

見城さんの日々のお考えや最新情報を見ることができる。

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見城さんの755

 

AbemaTV「徹の部屋」

毎回さまざまなゲストを迎えて、見城さんとトークするネット番組。

僕は、第1回から全部見た。ますます見城さんを好きになってしまった。

今一番おもしろいTV番組

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AbemaTV「徹の部屋」

 

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